神尾の誕生日
駅前にある少し路地に入った所にある小さな店。
その店内に一人めずらしく不動峰の伊武がいた。
無言で店内を物色しているが、時折ぶつぶつとつぶやく。
「これ…何かいいな。でもちょっと高いな〜」
気に入った品物を手に取り、値段を確認したあと、静かに元に戻す。
それを永遠ともう何時間も繰り返している。
カジュアルテイストの雑貨が並ぶ店内に学ラン姿の男子が、
数人の女子のお客に混じっている。
別に珍しくはないとはいえ、独りごとをする客に、店員もお客も少々引いている。
伊武はそんなことを気にせずに、物色する。
「あ、これ」
ふと、いいものを見つけたのか、伊武の顔がほころびた。
黒い布のチョーカーでアクセントにシルバーの二対の羽がついている。
値段もお手ごろで、伊武は悩むこともなく、そのままレジに持っていった。
「これ、プレゼントなんで、包んでください」
そういうと、店員は包装紙と箱のいくつかのサンプルを見せたが、
どれも女子好みの色や箱が多く、そういう店なのだから仕方ないのだが、
少し面倒になったので店員に任せた。
品物を受け取り、伊武は店を出て行った。
「アキラ、よろこんでくれるかな」
伊武は独りごとをいって、道を歩いていった。
翌日、その日は部活がなく、神尾と伊武はストリートテニスでしばらく打ち合いした。
昨日、部活の後、神尾の誕生日を前祝いだといって祝ってくれていた。
ジュ−スで乾杯だけだったけど、神尾はそれだけでも嬉しかった。
「アキラ」
ベンチで休んでいると、伊武が声をかける。
「ん、何、深司?」
伊武はカバンからひとつの小さな箱を取り出した。
箱の包装紙がクマさん柄の可愛いもので驚いたが、神尾に差し出す。
「誕生日おめでとう、アキラ」
神尾はそれを受け取り、破れないように静かに包装をはずす。
箱も包装紙と同じようにクマさんで、店員のセンスを疑った。
「何でクマなんだよ、深司?」
「ん、店員まかせだったから、仕方ないだろう、俺のせい?」
ブツブツと独り言モードに入った伊武を放置しながら、
神尾は箱をあける。
そこにはチョーカ−が入っていた。
「アキラ、つけてあげる」
伊武は神尾の背後に回ると、首につけてあげた。
「やっぱり、思ったとおり。似合ってる」
伊武はそういうと、神尾の首すじにキスをした。
「し、深司っ」
気恥ずかしく感じた神尾はそうはいったが、嫌ではなかった。
「どう、気に入ってくれた、アキラ?」
「鏡がないから、俺から見えないけど、深司が似合うっていうならそうなんだろ。サンキュー深司」
神尾はとてもうれしそうだった。
「アキラ、好きだよ…」
「深司…俺も…好きだ」
二人は静かに唇を重ねた。
その光景を偶然にも見てしまった橘さんではあったが、
そのまま何もなかったように通り過ぎた。
しかし、内心ハラハラと心配していた。
『あいつら、なに外でイチャついてんだ。それよりも誰かに見られたらどうするんだ?』
翌日まで気になって、あまりご飯が通らなかったらしい。
終わり